効果を落とさずに「薬」を減らす研究をサポート-國頭英夫・日本赤十字社医療センター化学療法科部長に聞く◆Vol.1
インタビュー 2021年8月28日 (土) 聞き手・まとめ:高橋直純(m3.com編集部)、橋本佳子(m3.com編集長)
「里見清一」のペンネームでも活躍する日本赤十字社医療センター化学療法科部長の國頭英夫氏が、“Value”を重視した臨床研究を支援する非営利型一般社団法人「SATOMI臨床研究プロジェクト」を設立した。國頭氏は高額化する薬剤費の保険医療制度および国家財政への影響を指摘し続けている。國頭氏は「後ろ向きで地味な、しかし今の日本に最も必要な研究である費用対効果も含めた真に“価値(Value)”ある臨床研究を後押しするための寄付を集めたい」と呼びかけている (2021年7月22日にインタビュー、全2回の連載)。
2014年に免疫チェックポイント阻害薬オプジーボ(一般名:ニボルマブ)が保険収載される際に、國頭氏は高額薬剤の登場による保険医療制度および国家財政への影響を指摘。試算の内容は、「標準体重の肺がん患者に1年間投与すると薬剤費は3500万円で、有効例および無効例での至適投与期間が不明の状況で、適応のある患者5万人全員に投与されると仮定すると年間1兆7500億円に達する」というもので、財務省の財政制度等審議会などでも説明し、大きな議論になった。一連の議論は里見清一名義で『医学の勝利が国家を滅ぼす』(新潮新書)として書籍にもまとめられている。
――新しく作る団体ではどのような活動をするのでしょうか。
まずは、ひと言で言うと、真に「価値(Value)」を持つ治療開発を目指す臨床研究を支援することです。もっと、平たく言えば、効果を落とさずに「薬」を減らす研究のサポートです。
“Value”の意味ですが、これまでの薬の価値は「効果/副作用」の評価でしたが、これからはコストも計算に入れて考えるべきです。つまりvalue=「効果/(副作用+コスト)」として捉えるべきで、米国のレオナルド・ザルツ博士が提唱されました。アメリカでは公的保険が日本に比べて整備されていないため、高額薬剤が個人への影響として問題になっており、ザルツ博士らが発起人になって、”Value”を重視した治療開発のための「Value in cancer care consortium(vi3c)」という学術団体も立ち上がりました。
Valueを重視した研究の例としては、アビラテロンという前立腺がんに対する経口剤を、内服と食事のタイミングを調整することにより4分の1の量で同等の効果を得たという研究や、ダサチニブという慢性骨髄性白血病の薬は量を半分にしても効果が保てたという報告があります。私たちもエルロチニブという肺がんに対する経口剤を、高齢者などでは3分の1にしても通常量と同じ効果が得られたという研究結果を出しました。このほか、大腸がんや乳がんの術後治療のコース数を減らしても効果は大きく減殺されず、副作用の軽減とコストの削減につながるという研究もあります。
薬剤の組み合わせや投与量を増やして、さらに大きな効果を出そうとする研究は多く、製薬会社も支援をしてくれます。それらもそれなりに重要な研究なのでしょうが、研究計画を見ると必要以上に「気前よく」薬を使った治療になっていることも多いように思います。血管新生阻害剤のように、高額でごくわずかな効果しかないものが「統計学的に有意な差を示した」と大々的に発表され、喧伝され、大きな利益をもたらすのです。一方で私たちが注目し、やろうとしている「なるべく少量、短期間で同等の効果が出るように」という研究計画だと、企業側からすると売り上げが落ちるので、資金サポートを得ることは難しいです。
私が専門とする肺がんの領域では、国立がん研究センターを中心とする研究グループで免疫チェックポイント阻害剤が有効であった患者さんに対して、1年間で投与を終了するか、さらに続けるかという臨床試験を行っています。しかし、「どんどん成績を良くする」という目的ではないため、患者さんや担当医の理解が広まらず、予定の患者さんの半分も集まっておらず、AMED(日本医療研究開発機構)からの公的研究費も「進捗が思わしくない」として打ち切られたそうです。海外の研究者からは「アカデミアでないとできない研究だ」と高い評価を受けているようですが、日本では「コストを気にする」という風土が、研究者にも当局にもあまりないのがネックになっています。
――サポートする研究としては「追跡調査」も挙げていますね。
その他、地味ですが、非常に大事な研究として「治った患者さんがどうなるか」という追跡調査があります。小児がんに関するそうした研究報告の一つに対しては、私が編集長を務める学術誌(Japanese Journal of Clinical Oncology)が2019年に論文奨励賞を授与しましたが、こうした研究は製薬会社からのサポートも受けづらく、資金的には厳しい状況です。
私自身も、高齢の肺がんの患者1000人の手術半年後のADLを調べるという研究を考えましたが、AMEDに応募しても2年連続で落ちました。がん患者の生存率のデータはあっても、実際にどのようなに状況にあるのか、日常生活で動けているか、あるいは極端な場合寝たきりになっているのか、調査したデータは皆無です。追跡調査は、これからどんどん命を延ばしていく、というものではありません。しかし私たちの先輩がここまで進歩させてくれた医療を、できるだけコストをかけずに維持していくための第一歩になるでしょう。ただ登録のシステムを組むだけでもかなりの費用がかかり、その捻出は非常に厳しい状況です。
団体としては研究サポートだけでなく、こうした考えた方を広める啓発活動もやっていきます。設立に当たっては、小説家の林真理子さんにも賛同の声を寄せていただきました。
――どのような仕組みで研究をサポートするのでしょうか。
当面は研究テーマを公募するのではなく、私たちで意義ある研究を見つけて支援して行くつもりです。寄付集めは、1年間で1000万円、3年間で2000万円を一応の目標としています。アメリカvi3cでは研究の企画立案からやっているようですが、一試験当たり百万ドル単位での費用がかかるとのことです。とてもそれほどの、公募をして一から研究をスタートさせられるような額は集まらないでしょうから、今走っている研究を、途中で挫折しないようにサポートしていきます。
一例をあげると、先ほど説明した「肺がん患者の追跡調査」では、国立がん研究センターとその中にあるJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)に業務委託の形で提供されて、研究に使用していく予定です。JCCG(日本小児がん研究グループ)との提携も考えています。
[出典 https://www.m3.com/news/open/iryoishin/956054?category=interview]
Vol.2は以下よりぜひご一読ください。
増大する医療費「我々はみなタイタニック号に乗っている」◆Vol.2