プロジェクトについて
臨床研究の現場から
稀で不思議な病気、LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)の長期フォローアップ研究
20年先を歩んでいる先輩患者さんが教えてくれること
国立成育医療研究センター 小児がんセンター 塩田曜子
現在、厚生労働科学研究費「小児がん拠点病院等及び成人診療科との連携による長期フォローアップ体制の構築のための研究」(松本公一:主任研究者)では、小児がん経験者の長期フォローアップセンターの体制構築の検討をすすめています。
今回わたしたちは、ランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans cell histiocytosis:LCH)という稀少疾患を取り上げ、長期フォローアップ観察研究の疾患モデルとして研究構築を行いました。
組織球症(histiocytosis)はマクロファージや樹状細胞、単球に由来する細胞の異常な集簇による疾患で、代表的なLCHは、100万人に5人、日本では年間100例程度が発症する稀な病気です。新生児から成人までどの年齢層にも生じますが、乳幼児期に多く発症します。
固形腫瘍のように骨腫瘤が急に増大して眼球突出や脊髄神経圧迫症状を生じたり、血液腫瘍のように肝脾腫、血球減少をきたすことがある一方で、皮疹や骨腫瘤が自然に治る例が存在します。そのため、免疫調節異常による反応性の病態か腫瘍性か、長らく議論が重ねられてきました。かつて「ヒスチオサイトーシスX」、と呼ばれていた時代を経て、2010年に約半数の症例の病変部からBRAFv600E遺伝子変異が検出されたことを契機に、骨髄由来の「炎症性骨髄性腫瘍」として、ここ数年間で飛躍的に病態解明研究がすすんでいます。
1980年代からの欧米・日本の臨床研究の成果によって、多臓器型、多発の骨型のLCHに対しては、6-12か月の化学療法が行われます。一部の乳児では、重症となる場合がありますが、多くの症例は、小児がんの中では比較的副作用の少ない化学療法の内容で治癒します。
ところがその先、LCH特有の、長期に経過した後に生じてくる問題が患者さんを困らせます。
成長期にがん治療が実施される小児がんの長期フォローアップでは、一般に腫瘍そのもの、または手術の影響、使用した抗がん剤や放射線照射の種類や量によって後に残る問題について、成長とあわせて見守っていく必要があります。このために必要な疾患横断的調査項目を土台に見立てて1階とすると、2階建ての部分は、疾患特有の問題を調査するように構築しました。
LCHの場合、病気の治療が終わった後も20-70%に何らかの晩期合併症がみられ、なかには治療終了後10年経過した後に次第に明らかとなるものもあるため、とても長い期間の丁寧なフォローアップが重要となります。疾患特有の特徴として、いったんは治っても、再発が30%以上ととても多く、何年にもわたって再発を反復する例があり、再発例では疾患にともなう晩期合併症が多くなります。特に中枢神経に関連した問題、すなわち、中枢性尿崩症、中枢神経変性症といったQOLに大きく関わる症状が、一部の症例に10年、15年後にも発症してくることが知られています。日本のデータでは、多臓器型LCHにおける治療開始後の新たな尿崩症発症率は、10年12%、15年13.1%と報告されています。中枢神経変性症は数%とされていますが、神経症状は明らかではなくとも、注意してMRI検査を追っていくと画像変化がみられる例が、特に尿崩症のある患者さんや、眼窩や側頭骨、顔面骨や頭蓋底などに病変のあった患者さんでは多く検出されるという報告があります。
わたしたち研究者は、いかにLCHを治して、再発なく、晩期合併症を阻止できるか、ということを目指して、最もよい治療法を作り上げていくために、今回、前方視的に長期観察する研究を立ち上げました。こうして出来上がったのが「LCH-12登録例の不可逆性病変と予後に関する前方視的縦断観察研究」(LCH-12-LTFU)です。これは、日本小児がん研究グループ(Japan Children’s Cancer Group; JCCG)が2012年から2017年にかけて行ったLCH-12試験に登録された200例あまりの小児例を対象とした、15年間の追跡調査です。
長期フォローアップは、どんな患者さんを、どのように見守っていくか、という方法を教えてくれます。20年先を歩んでいる先輩患者さんにどんな困りごとが起っているのかを知ることは、将来的には、そうならないように工夫すべき治療のヒントを与えてくれるだけでなく、そうなることを予測してあらかじめ早期発見のための見守り手段を検討できます。また、何より患者さんへの直接の支援体制を準備して、タイムリーに相談していくことができます。今後も研究をすすめながら明らかとなる事柄もたくさんあると思われ、構築中の小児がん全体の長期フォローアップセンター構想と連携して検討していく必要があります。これらはすべて、他の小児がん患者さんにも応用できると考えています。
長期調査を滞りなく継続するカギとして、調査時期が近づいていることを研究データセンターから自動アナウンスを送付し、担当医の負担がなるべくないよう、詳しくカルテを見なくても、また、担当医が変更となっても答えやすいように調査項目を工夫しました。昨年から変化なし、であればそこで調査は完了、といった簡単なEDCとしました。
また、長期フォローのために行った検査結果を患者さんに直接役立てられるよう、認知機能検査は、施行する時期を研究の中で就学や進路決定の前に設定し、将来の就職を見据えて早めから相談していくことができるように構築しました。
長期フォローの外来に元気に登場する患者さんに久しぶりにお会いして、1年間の出来事をたくさん聞かせていただくことをいつも楽しみにしています。患者さんから教えていただいたことが、小児がん経験者のみなさんへの支援へとつながるように、さらには、晩期合併症を防ぐよりよい治療法開発へとつながることを目指しています。
塩田曜子 しおだようこ
1997年(旧)国立小児病院 血液科レジデントの頃からLCH症例の診療を行っている。
2002年3月 国立成育医療研究センターが開設し、患者さんとともに病院を引っ越した。
現在、国立成育医療研究センター 小児がんセンター 血液腫瘍科 医長。
日本小児がん研究グループ(JCCG) HLH/LCH委員会委員長。
現在の患者さんにお願いして、未来の患者さんの為になる研究をする
国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科 外来医長 後藤悌
私たちの研究テーマは、免疫チェックポイント阻害剤の投与期間について、です。
免疫チェックポイント阻害剤というのは、京都大学の本庶佑先生達が開発された、がんに対する免疫療法の薬です。オプジーボという薬の名前はご存知の方も多いと思いますが、そのほかにもいくつも、同じ系統の薬の有効性が確認されています。
薬によりますが、大抵これら免疫療法剤は、3から4週間に一回、点滴します。そして、効果があって大きな副作用がなければ継続していくのですが、ずっと効果がある人もいれば途中で効果が切れて病気が悪化する人もいますし、ずっと副作用が大丈夫でも、ある時ひどい副作用が突然出る患者さんもいます。そして、そしてまた、これらの薬は非常に高価で、治療を続けていくとどんどん費用が嵩みます。
一方で、たとえば副作用によって途中で(極端な場合、一回きりの点滴で)中止しても、その効果が長く続く人もいます。ですからあるところまで治療すれば、それ以上は無駄で、あとは副作用のリスクとコストだけ、となっている可能性もあるのですが、その「あるところ」がどこなのか分かりません。開発者の本庶先生は「半年くらい」と推測されていますが、実地の患者さんでそれを確認できたデータはありません。薬剤の添付文書には「2年」という数字が出ていますが、これにも根拠はありません。データがないので、患者さんはずっと、言葉は悪いのですが漫然と、投与を続けられる場合が多いのです。
私たちは、これら免疫療法剤を使って、治療効果が上がっている肺癌の患者さんについて、1年で投与を中止して様子を見ていく(もし病気が再発したらまた再開する)、という治療法を考えました。ただこの場合、その方法で多くの人が再発なく経過しても、それだけでこの治療法が良いというわけにはいきません。ずっと投与していればもっと再発率が低くなる可能性もあるのですから、1年以降も継続している患者さんとの比較データが必要になります。
この「比較」には、ランダム化というやり方が必要です。つまり、薬剤が有効で病気が収まっている患者さんを、担当医でも患者でもない第三者(実際はコンピューター)が、いわゆるクジ引き方式で二つに分けて継続するかどうか決め、その方針に従って診療していくのです。方針が決まってから以降は、普通の外来診療と同じで、点滴をする人は定期的にやっていく、そうでない人も定期的に診察と検査をして様子を見ていくのですが、なにせ「見知らぬ第三者」という方法になかなか心理的抵抗があります。
ランダム化試験自体は、よくある一般的な方法論なのですが、私たちの研究では、「こっちの治療か、あっちの治療か」を決めるのではなく、「今効いている治療を、続けるかやめるか」ですので、自分で決めるか、担当医が決めてもらうかならまだしも、そこを偶然に委ねて決めるのはちょっと怖い。客観的には、「根拠がない」のですから、自分で決めても、担当医が決めても、「間違っていた」確率は同じなのですが、ここの踏ん切りがなかなかつきません。このため、このランダム化での決定(=臨床試験に参加)に同意して下さる患者さんは、だいたい5人に1人くらいしかおられません。将来の患者さんに対しては非常に大きなメリットがあるデータを作ることにはなりますが、現在の患者さんにとっては、「良いか悪いか分からない」ものだからです。
この研究は、2019年5月から、日本中のがん研究病院約50施設が集まって共同で行っています。参加している医師の数は合計で350人くらいになると思いますが、実際に上記のようなことを患者さんに説明して参加同意をいただくのにはかなりの経験が必要で、それができる医師は肺癌診療でも日本のトップクラスの60人程度のようです。
この試験は、新しい薬を使って治療成績を良くするものではなく、ただ副作用とコストも含めた全体としての治療の「価値」を高めよう、というものなので、担当医も、患者さんに試験参加をお願いしづらいものがあります。本来は200人ちょっとの患者さんに研究参加をお願いする予定ですが、2021年末の段階で、ようやく100人を超えたくらいの状況です。
この研究は、製薬企業からのサポートはありません(「薬を減らす」研究ですから、企業にとっては不利益になります)。また政府からの研究サポートも、患者さんの数が集まらないと途絶えがちになります。ただ、こういう研究からデータが出ないと、いずれ医療費高騰で保険医療制度が逼迫した時に、「こういう治療は4ヶ月で終了、それ以上やりたければ自費でやりなさい」などと、これまた何の根拠もなく決められてしまうことになりかねません。医療費は政府が考えるべき事で、医師が考えるべきことでも、そのための研究をするべきでもない、という意見の医師もいますが。そうなると、根拠なく決められたときにも、ただそれに従うしかないわけで、医師として残念に思います。
この研究の結果が出たら、国内および海外の学会で発表し、その内容をまとめて海外の権威ある学術雑誌に論文として出す予定です。つまり、日本のみならず世界中の患者さんの治療指針となると期待されています。事実、海外からもこの研究は大きな注目を浴びており、私のところにもいろいろな問い合わせがきます。みな、「コストをかけ続け、またいつ副作用が出るか分からない状態で、いつまで治療を続ければいいのか分からない、それが知りたい」のです。そんなに注目するなら海外でも同じような試験をやればよさそうなものですが、製薬企業にサポートされない研究は、欧米では日本以上にやりにくい状況にあるようです。
コストをただ削減するのなら治療をどんどん打ち切ってしまえばいいのでしょうが、患者さんの治療成績がそれで悪くなってしまえば何にもなりません。なんとか、治療成績を保ちつつ、副作用とコストを軽減して価値を高めた治療を確立したいと考えています。
高齢がん患者の手術後の状態を、根気よく追跡する臨床研究。その
昭和大学呼吸器外科教授 武井秀史
私たちの研究テーマは、高齢者肺癌患者さんの術後日常生活活動度について、です。
肺癌の患者さんの数は増え続けていて、2021年には年間12万7千人になると予測されています。そのうち40%の患者さんでは手術をした方が良い(これを「手術適応がある」、と言います)と考えられていますが、日本人の高齢化とともに、肺癌の患者さんも高齢化しています。2017年の学会集計では肺癌の手術件数は全国で44,140件ですがそのうち半数以上が70歳以上、また80歳以上の超高齢者も5,779件と13%を占め、件数も割合も増加傾向にあります。
むろん私たち外科医もそれを軽視しているわけではなく、高齢の患者さんに対する手術成績の検討は数多くなされています。その内容は、まず手術が安全に行われるか、つまり重大な合併症が起こっていないか、そして手術によって亡くなったりしていないか、というものです。これは「術後合併症発生率」とか「周術期死亡率」などという数字が指標になります。もう一つは、それで患者さんが無事治って、長生きできているか、で、通常は「5年生存率」で表されます。
しかしながら、多くの高齢患者さんにとって、「手術が乗り切れるのか」や「肺癌が治るのか」も大事なのは当然ですが、もう一つの重大な関心事は「術後、今までと同じ生活ができるのか」でしょう。肺癌手術に限ったことではありませんが、回りには、大きな治療の後で「ガクッと年をとってしまった」、「介護が必要になり、自宅での生活ができなくなった」、「認知症になった」、甚だしきは「寝たきりになってしまった」などというお年寄りの話を聞いたことがおありの方も多いだろうと思います。ところがこうした不安に対して、お答えできるようなデータは、現状ではほとんどありません。
どうしてこんなに大事な情報がないのかというと、一つには従来、肺癌のような大きな病気は、我々専門医も「治すのに精一杯」で、命が助かった以降に患者さんがどうなるのか、まで考えている余裕がなかったからです。そしてもう一つには、そういう情報は、通常の診療からはなかなかとれず、まして数字には表せないためです。
たとえば、手術の後に重大な合併症が起これば、多くは入院中のことでありますのですぐに気がつきます。また、患者さんの治療に直結しますから、我々も、どう対応したかも含めて必ずカルテに記載します。ですから後でこれを集計することができます。また生存率の方は、何年も後のことであっても、よほど特殊な事情で「行方不明」みたいにならない限り調べられます。
しかしながら、半年後や1年後、患者さんが外来でどういう生活をしているか、などは、はっきり分かりません。カルテにはせいぜい、「まあまあ普通にやっている」とか「ちょっと元気がなくなった」などという記載があるくらいで、集計することもできません。また、たとえば術後2年経過した患者さんに、「1年前の症状とか、生活はどうでした?」と伺っても、はっきり覚えておられることはまずないでしょう。
ですから、こういう情報をとって集計し、数字に表そうとすれば、はじめからそのつもりでアンケートをとる(それも、「その時」にとる)しかありません。そして、半年も1年も入院されている方はほとんどおられませんから、外来通院の時に忘れずにとってもらう必要があります。私だけが自分の患者さんにこれをやるのであればなんとかできますが、それでは数も限られ、全国の患者さんの参考になるデータはできません。
私たちが行っている研究では、全国の肺癌治療専門施設で手術された75歳以上の患者さんについて、手術前に通常の血液検査やレントゲン・CTなどの他に、自覚症状の程度や生活の質(いわゆるクォリティ・オブ・ライフ)、そして日常生活活動度がどうであるかを調べ、それらが術後半年・1年・2年の状態でどう変化しているかを調査しています。
患者さんから研究参加の同意をいただいた後は、アンケート調査が主体ですから、患者さんには負担はほとんどかかりません。ただし、手術前には担当医が調査票を取り忘れたということはまずありませんが、退院して外来通院されるようになれば、担当医もうっかりしがちです。上に記したように、「後から思い出して書いてもらう」のでは情報の正確性は望めませんので、「その時」に取ってもらう必要があります。ただ、ほかの病院の患者さんが、いつ外来に来られるか、などは、私には分かりません。
ですから、このグループ研究に患者さんの登録があると、施設・担当医と手術(予定)日が事務局の私のところに連絡されます(プライバシー保護のため患者さんの名前などは伝えられません)。これを一覧表にして、たとえば半年後の外来はだいたいこのくらい、と当たりをつけ、そのちょっと前から、担当医に「研究に登録されX月X日に手術された患者さんについて、いついつ頃に半年後の調査をお願いします」と注意喚起をします。一回で済まず、何回もこういう「催促」をする必要が生じることも頻繁にあります。担当医の先生にうるさがられずに、かつ忘れられない程度にしつこくやるのはなかなか難しいことです。
この研究では、2019年5月から2020年の5月までに全国47の施設で手術された75歳以上の患者さん876例を対象としました。途中、コロナのために、多くの患者さんが術後の外来に来られない(または来たくない)という不測の事態もありましたが、参加された合計143人の先生方の御協力もあり、半年時点での「取りはぐれ」は1%以下と、データの信頼性としては十分と思います。今後得られたデータを詳細に解析し、さらに1年後・2年後の追跡も行い、患者さんやそのご家族に必要な情報を提供できるように努めます。
なお、本来であればこういうデータは、術後だけではなくたとえば放射線治療の後でどうなるか、というのもとって、並べて提示すると格段に情報の価値が上がると考えられます。放射線治療の先生方にお願いしたのですが色よい返事は得られませんでした。やはりこういう「めんどくさい」ことはなかなか忙しくてできない、という事情があるようです。
しかし今後は、我々だけではなく、ほかの病気について、またほかの治療法について、同様の調査を広めていくことも必要で、そのためにもまず我々がしっかり研究をまとめていかねばならないと気を引き締めています。
肺がんの手術では5年生存率が云々されるが、その内容や、さらに5年以降どうなるか、については、調べられていない。そう言った長期に亘る地道な臨床研究をしている若き医師から現場レポートが届きました。
肺癌手術後の長期フォローアップ研究: 肺癌が「治った」その先にあるものは?
国立がん研究センター呼吸器外科医員 四倉正也
肺癌に限らず、多くのがんで、手術後に5年間、再発なく過ごすことができれば、そのがんは「完治した」とみなされます。これは、5年を超えた後にがんが再発することは少ないと信じられているためです。手術後5年を区切りとするこの考えは、古くから世界で広く受け入れられてきましたが、検診の浸透や画像技術の発展によって早期にがんが発見・治療され、がんの治療法も進歩している現代では、5年後の「その先」を見据えることが必要です。
最近私たちの研究グループは、臨床試験の結果として、2008年から2013年までに全国約50の施設で手術された、リンパ節転移や他臓器への転移がない小型の肺癌(いわゆるI期の肺癌)の患者さん963人の手術後の生存率を報告しました。その内容は、手術後5年間肺癌が再発せずに生存された患者さんの割合は約80%で、再発した状態で生存されている方も含めると、手術後5年間の生存率は約90%というものでした。約90%の患者さんが、肺癌の手術後5年間ご存命でいらっしゃるので、難治がんの代表である肺癌の治療成績も随分向上した、とも言えますが、よく見てみると、話はそう単純ではないことが分かりました。
5年間無再発で生存された場合には、通常は肺癌が「完治した」とみなされ、その後の生存率はほとんど低下せずに一定の数値を維持されることが想定されます。しかし実際には、手術後5年を超えても、生存率は一定値が維持されず徐々に低下し続けることが分かったのです。肺癌が「完治した」はずなのに、その後も患者さんは一定の割合で何らかの理由でお亡くなりになっていることを意味しています。ご高齢の患者さんがお亡くなりになるケースはありますが、私たちの研究の患者さんは、年齢の中央値(研究にご参加いただいた患者さんの年齢を小さい順に並べたときの真ん中の値)が65歳で、他に目立ったご病気をお持ちでない方です。手術後5年で年齢中央値が70歳ですから、通常であれば肺癌が完治していればお亡くなりになる方は少ないはずです。
それにもかかわらず、手術後5年目以降もお亡くなりになる方が絶えないのは、どのような背景があるのでしょうか。推定される可能性は、大きく4つあると考えています。
第一は、肺癌が遅れて再発することです。手術後5年を超えた後に肺癌が再発することは稀ですが、ゼロではありません。特に早期癌のような活動性の低い肺癌では、長い時間をかけて再発する可能性があることが報告されており、それが生命に関与する病態になることが考えられます。しかしながら、実際にその頻度がどれくらいで、どのような時期にどういった形で再発し進行することが多いのか、十分なデータは未だありません。
第二は、二次がんの影響です。二次がんとは、肺癌の手術後に新しく生じた別のがんのことです。初回の肺癌の再発ではないとみなされるものです。一度肺癌にかかった患者さんは、その後時間をあけて再び新たな肺癌ができる可能性が、一般の方よりも高くなると言われています。初回の肺癌が手術によって「完治」しても、その後二次がんが生命を脅かすことが起こりえます。肺癌ではなく、胃癌や乳癌など別のがんができる可能性も当然ありますが、そのような二次がんの実際の発生頻度や治療の状況などは十分なデータがありません。
第三は、治療の影響です。手術や抗がん剤のような治療は、身体に負担をかけます。それによって肺癌が治っても、身体に負担が残り、例えば他の病気にかかった時に適切な治療を受ける余力が不足してしまうなど、後々に影響が出てくるかもしれません。
第四の要素は、併存疾患の影響です。肺癌患者さんの中には、過去にタバコを吸っていた方も多く、狭心症、心筋梗塞や脳卒中、肺気腫などの病気になりやすいリスクがあります。そのような併存疾患のケアのために、肺癌治療後にどのようなフォローアップを行うべきか。詳細の検討はなされておらず、データをゼロから集める必要があります。
これまでのがん診療は、治療後5年の生存率を向上させることを最も重要視して発展してきました。もちろん5年生存率を向上させることがとても大切であることに疑いの余地はありませんが、特に早期がんなどで多くの患者さんが5年生存を達成しうる現在は、5年生存後のその後のことを考えなくてはなりません。
「治った」と思っている肺癌が、5年目以降にどのような挙動を示すのか、肺癌に対して行った治療がどのような負担を身体に及ぼし、5年目以降も続いてゆく患者さんの人生にどう影響してくるのか。これらの問いに答えるために、私たちは前述の研究にご参加いただいた患者さんをより長期的にフォローアップする取り組みを行っています。
最終的には、肺癌患者さんにとってどのような治療を行うことがより適切で、治療後にどのような点に気をつけるべきかを明らかにすることで、患者さんへの負担を減らしながらより高い生存率を達成し、ひいては過剰なコストも抑制する、長期的に持続可能ながん診療を実現することを目指しています。
この研究は、時間がかかり、地道に情報を集め続けることが求められる、根気のいる研究です。企業による研究や公的資金を投入する大規模組織による研究は短期的な結果が重視されることが多いため、このような研究はなかなか行われません。とはいえ、誰かがやらねばならない研究なので、われわれは、社会的に重要なインパクト持つにもかかわらず公的資金では実現しにくい研究にも積極的に取り組み、世界に情報を発信したいと考えています。