- SATOMI CLINICAL RESEARCH PROJECT -
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「臨床研究とは一体何をしているのか?」の質問に答えて、現場医師からのレポートが寄せられました。

後藤悌

国立がん研究センター、呼吸器内科医長、後藤悌先生から、臨床研究の現場からのレポートをいただきました。「現在の患者さんにお願いして、未来の患者さんの為になる研究をする」がタイトルです。


現在の患者さんにお願いして、未来の患者さんの為になる研究をする

国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科 外来医長 後藤悌

 私たちの研究テーマは、免疫チェックポイント阻害剤の投与期間について、です。

 免疫チェックポイント阻害剤というのは、京都大学の本庶佑先生達が開発された、がんに対する免疫療法の薬です。オプジーボという薬の名前はご存知の方も多いと思いますが、そのほかにもいくつも、同じ系統の薬の有効性が確認されています。

 薬によりますが、大抵これら免疫療法剤は、3から4週間に一回、点滴します。そして、効果があって大きな副作用がなければ継続していくのですが、ずっと効果がある人もいれば途中で効果が切れて病気が悪化する人もいますし、ずっと副作用が大丈夫でも、ある時ひどい副作用が突然出る患者さんもいます。そして、そしてまた、これらの薬は非常に高価で、治療を続けていくとどんどん費用が嵩みます。

 一方で、たとえば副作用によって途中で(極端な場合、一回きりの点滴で)中止しても、その効果が長く続く人もいます。ですからあるところまで治療すれば、それ以上は無駄で、あとは副作用のリスクとコストだけ、となっている可能性もあるのですが、その「あるところ」がどこなのか分かりません。開発者の本庶先生は「半年くらい」と推測されていますが、実地の患者さんでそれを確認できたデータはありません。薬剤の添付文書には「2年」という数字が出ていますが、これにも根拠はありません。データがないので、患者さんはずっと、言葉は悪いのですが漫然と、投与を続けられる場合が多いのです。

 私たちは、これら免疫療法剤を使って、治療効果が上がっている肺癌の患者さんについて、1年で投与を中止して様子を見ていく(もし病気が再発したらまた再開する)、という治療法を考えました。ただこの場合、その方法で多くの人が再発なく経過しても、それだけでこの治療法が良いというわけにはいきません。ずっと投与していればもっと再発率が低くなる可能性もあるのですから、1年以降も継続している患者さんとの比較データが必要になります。

 この「比較」には、ランダム化というやり方が必要です。つまり、薬剤が有効で病気が収まっている患者さんを、担当医でも患者でもない第三者(実際はコンピューター)が、いわゆるクジ引き方式で二つに分けて継続するかどうか決め、その方針に従って診療していくのです。方針が決まってから以降は、普通の外来診療と同じで、点滴をする人は定期的にやっていく、そうでない人も定期的に診察と検査をして様子を見ていくのですが、なにせ「見知らぬ第三者」という方法になかなか心理的抵抗があります。

 ランダム化試験自体は、よくある一般的な方法論なのですが、私たちの研究では、「こっちの治療か、あっちの治療か」を決めるのではなく、「今効いている治療を、続けるかやめるか」ですので、自分で決めるか、担当医が決めてもらうかならまだしも、そこを偶然に委ねて決めるのはちょっと怖い。客観的には、「根拠がない」のですから、自分で決めても、担当医が決めても、「間違っていた」確率は同じなのですが、ここの踏ん切りがなかなかつきません。このため、このランダム化での決定(=臨床試験に参加)に同意して下さる患者さんは、だいたい5人に1人くらいしかおられません。将来の患者さんに対しては非常に大きなメリットがあるデータを作ることにはなりますが、現在の患者さんにとっては、「良いか悪いか分からない」ものだからです。

 この研究は、2019年5月から、日本中のがん研究病院約50施設が集まって共同で行っています。参加している医師の数は合計で350人くらいになると思いますが、実際に上記のようなことを患者さんに説明して参加同意をいただくのにはかなりの経験が必要で、それができる医師は肺癌診療でも日本のトップクラスの60人程度のようです。

 この試験は、新しい薬を使って治療成績を良くするものではなく、ただ副作用とコストも含めた全体としての治療の「価値」を高めよう、というものなので、担当医も、患者さんに試験参加をお願いしづらいものがあります。本来は200人ちょっとの患者さんに研究参加をお願いする予定ですが、2021年末の段階で、ようやく100人を超えたくらいの状況です。

 この研究は、製薬企業からのサポートはありません(「薬を減らす」研究ですから、企業にとっては不利益になります)。また政府からの研究サポートも、患者さんの数が集まらないと途絶えがちになります。ただ、こういう研究からデータが出ないと、いずれ医療費高騰で保険医療制度が逼迫した時に、「こういう治療は4ヶ月で終了、それ以上やりたければ自費でやりなさい」などと、これまた何の根拠もなく決められてしまうことになりかねません。医療費は政府が考えるべき事で、医師が考えるべきことでも、そのための研究をするべきでもない、という意見の医師もいますが。そうなると、根拠なく決められたときにも、ただそれに従うしかないわけで、医師として残念に思います。

 この研究の結果が出たら、国内および海外の学会で発表し、その内容をまとめて海外の権威ある学術雑誌に論文として出す予定です。つまり、日本のみならず世界中の患者さんの治療指針となると期待されています。事実、海外からもこの研究は大きな注目を浴びており、私のところにもいろいろな問い合わせがきます。みな、「コストをかけ続け、またいつ副作用が出るか分からない状態で、いつまで治療を続ければいいのか分からない、それが知りたい」のです。そんなに注目するなら海外でも同じような試験をやればよさそうなものですが、製薬企業にサポートされない研究は、欧米では日本以上にやりにくい状況にあるようです。

 コストをただ削減するのなら治療をどんどん打ち切ってしまえばいいのでしょうが、患者さんの治療成績がそれで悪くなってしまえば何にもなりません。なんとか、治療成績を保ちつつ、副作用とコストを軽減して価値を高めた治療を確立したいと考えています。