- SATOMI CLINICAL RESEARCH PROJECT -
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「高齢がん患者の手術後の状態を、根気よく追跡する臨床研究」について、現場医師からのレポートが寄せられました。

武井秀史

昭和大学呼吸器外科教授 武井秀史先生から、臨床研究の現場からのレポートをいただきました。


高齢がん患者の手術後の状態を、根気よく追跡する臨床研究。その難しさと、進捗状態を現場からレポートする。

昭和大学呼吸器外科教授 武井秀史

 私たちの研究テーマは、高齢者肺癌患者さんの術後日常生活活動度について、です。

 肺癌の患者さんの数は増え続けていて、2021年には年間12万7千人になると予測されています。そのうち40%の患者さんでは手術をした方が良い(これを「手術適応がある」、と言います)と考えられていますが、日本人の高齢化とともに、肺癌の患者さんも高齢化しています。2017年の学会集計では肺癌の手術件数は全国で44,140件ですがそのうち半数以上が70歳以上、また80歳以上の超高齢者も5,779件と13%を占め、件数も割合も増加傾向にあります。

 むろん私たち外科医もそれを軽視しているわけではなく、高齢の患者さんに対する手術成績の検討は数多くなされています。その内容は、まず手術が安全に行われるか、つまり重大な合併症が起こっていないか、そして手術によって亡くなったりしていないか、というものです。これは「術後合併症発生率」とか「周術期死亡率」などという数字が指標になります。もう一つは、それで患者さんが無事治って、長生きできているか、で、通常は「5年生存率」で表されます。

 しかしながら、多くの高齢患者さんにとって、「手術が乗り切れるのか」や「肺癌が治るのか」も大事なのは当然ですが、もう一つの重大な関心事は「術後、今までと同じ生活ができるのか」でしょう。肺癌手術に限ったことではありませんが、回りには、大きな治療の後で「ガクッと年をとってしまった」、「介護が必要になり、自宅での生活ができなくなった」、「認知症になった」、甚だしきは「寝たきりになってしまった」などというお年寄りの話を聞いたことがおありの方も多いだろうと思います。ところがこうした不安に対して、お答えできるようなデータは、現状ではほとんどありません。

 どうしてこんなに大事な情報がないのかというと、一つには従来、肺癌のような大きな病気は、我々専門医も「治すのに精一杯」で、命が助かった以降に患者さんがどうなるのか、まで考えている余裕がなかったからです。そしてもう一つには、そういう情報は、通常の診療からはなかなかとれず、まして数字には表せないためです。

 たとえば、手術の後に重大な合併症が起これば、多くは入院中のことでありますのですぐに気がつきます。また、患者さんの治療に直結しますから、我々も、どう対応したかも含めて必ずカルテに記載します。ですから後でこれを集計することができます。また生存率の方は、何年も後のことであっても、よほど特殊な事情で「行方不明」みたいにならない限り調べられます。

 しかしながら、半年後や1年後、患者さんが外来でどういう生活をしているか、などは、はっきり分かりません。カルテにはせいぜい、「まあまあ普通にやっている」とか「ちょっと元気がなくなった」などという記載があるくらいで、集計することもできません。また、たとえば術後2年経過した患者さんに、「1年前の症状とか、生活はどうでした?」と伺っても、はっきり覚えておられることはまずないでしょう。

 ですから、こういう情報をとって集計し、数字に表そうとすれば、はじめからそのつもりでアンケートをとる(それも、「その時」にとる)しかありません。そして、半年も1年も入院されている方はほとんどおられませんから、外来通院の時に忘れずにとってもらう必要があります。私だけが自分の患者さんにこれをやるのであればなんとかできますが、それでは数も限られ、全国の患者さんの参考になるデータはできません。

 私たちが行っている研究では、全国の肺癌治療専門施設で手術された75歳以上の患者さんについて、手術前に通常の血液検査やレントゲン・CTなどの他に、自覚症状の程度や生活の質(いわゆるクォリティ・オブ・ライフ)、そして日常生活活動度がどうであるかを調べ、それらが術後半年・1年・2年の状態でどう変化しているかを調査しています。

 患者さんから研究参加の同意をいただいた後は、アンケート調査が主体ですから、患者さんには負担はほとんどかかりません。ただし、手術前には担当医が調査票を取り忘れたということはまずありませんが、退院して外来通院されるようになれば、担当医もうっかりしがちです。上に記したように、「後から思い出して書いてもらう」のでは情報の正確性は望めませんので、「その時」に取ってもらう必要があります。ただ、ほかの病院の患者さんが、いつ外来に来られるか、などは、私には分かりません。

 ですから、このグループ研究に患者さんの登録があると、施設・担当医と手術(予定)日が事務局の私のところに連絡されます(プライバシー保護のため患者さんの名前などは伝えられません)。これを一覧表にして、たとえば半年後の外来はだいたいこのくらい、と当たりをつけ、そのちょっと前から、担当医に「研究に登録されX月X日に手術された患者さんについて、いついつ頃に半年後の調査をお願いします」と注意喚起をします。一回で済まず、何回もこういう「催促」をする必要が生じることも頻繁にあります。担当医の先生にうるさがられずに、かつ忘れられない程度にしつこくやるのはなかなか難しいことです。

 この研究では、2019年5月から2020年の5月までに全国47の施設で手術された75歳以上の患者さん876例を対象としました。途中、コロナのために、多くの患者さんが術後の外来に来られない(または来たくない)という不測の事態もありましたが、参加された合計143人の先生方の御協力もあり、半年時点での「取りはぐれ」は1%以下と、データの信頼性としては十分と思います。今後得られたデータを詳細に解析し、さらに1年後・2年後の追跡も行い、患者さんやそのご家族に必要な情報を提供できるように努めます。

 なお、本来であればこういうデータは、術後だけではなくたとえば放射線治療の後でどうなるか、というのもとって、並べて提示すると格段に情報の価値が上がると考えられます。放射線治療の先生方にお願いしたのですが色よい返事は得られませんでした。やはりこういう「めんどくさい」ことはなかなか忙しくてできない、という事情があるようです。

 しかし今後は、我々だけではなく、ほかの病気について、またほかの治療法について、同様の調査を広めていくことも必要で、そのためにもまず我々がしっかり研究をまとめていかねばならないと気を引き締めています。