- SATOMI CLINICAL RESEARCH PROJECT -
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肺がんの手術では5年生存率が云々されるが、その内容や、さらに5年以降どうなるか、については、調べられていない。そう言った長期に亘る地道な臨床研究をしている若き医師から現場レポートが届きました。

四倉正也

肺癌手術後の長期フォローアップ研究: 肺癌が「治った」その先にあるものは?

国立がん研究センター呼吸器外科医員 四倉正也

 私たちは現在、早期の肺癌に対して手術を受けた患者さんが長期的にどのような経過をたどっているかを調べています。

 肺癌に限らず、多くのがんで、手術後に5年間、再発なく過ごすことができれば、そのがんは「完治した」とみなされます。これは、5年を超えた後にがんが再発することは少ないと信じられているためです。手術後5年を区切りとするこの考えは、古くから世界で広く受け入れられてきましたが、検診の浸透や画像技術の発展によって早期にがんが発見・治療され、がんの治療法も進歩している現代では、5年後の「その先」を見据えることが必要です。

 最近私たちの研究グループは、臨床試験の結果として、2008年から2013年までに全国約50の施設で手術された、リンパ節転移や他臓器への転移がない小型の肺癌(いわゆるI期の肺癌)の患者さん963人の手術後の生存率を報告しました。その内容は、手術後5年間肺癌が再発せずに生存された患者さんの割合は約80%で、再発した状態で生存されている方も含めると、手術後5年間の生存率は約90%というものでした。約90%の患者さんが、肺癌の手術後5年間ご存命でいらっしゃるので、難治がんの代表である肺癌の治療成績も随分向上した、とも言えますが、よく見てみると、話はそう単純ではないことが分かりました。

 5年間無再発で生存された場合には、通常は肺癌が「完治した」とみなされ、その後の生存率はほとんど低下せずに一定の数値を維持されることが想定されます。しかし実際には、手術後5年を超えても、生存率は一定値が維持されず徐々に低下し続けることが分かったのです。肺癌が「完治した」はずなのに、その後も患者さんは一定の割合で何らかの理由でお亡くなりになっていることを意味しています。ご高齢の患者さんがお亡くなりになるケースはありますが、私たちの研究の患者さんは、年齢の中央値(研究にご参加いただいた患者さんの年齢を小さい順に並べたときの真ん中の値)が65歳で、他に目立ったご病気をお持ちでない方です。手術後5年で年齢中央値が70歳ですから、通常であれば肺癌が完治していればお亡くなりになる方は少ないはずです。

 それにもかかわらず、手術後5年目以降もお亡くなりになる方が絶えないのは、どのような背景があるのでしょうか。推定される可能性は、大きく4つあると考えています。

 第一は、肺癌が遅れて再発することです。手術後5年を超えた後に肺癌が再発することは稀ですが、ゼロではありません。特に早期癌のような活動性の低い肺癌では、長い時間をかけて再発する可能性があることが報告されており、それが生命に関与する病態になることが考えられます。しかしながら、実際にその頻度がどれくらいで、どのような時期にどういった形で再発し進行することが多いのか、十分なデータは未だありません。

 第二は、二次がんの影響です。二次がんとは、肺癌の手術後に新しく生じた別のがんのことです。初回の肺癌の再発ではないとみなされるものです。一度肺癌にかかった患者さんは、その後時間をあけて再び新たな肺癌ができる可能性が、一般の方よりも高くなると言われています。初回の肺癌が手術によって「完治」しても、その後二次がんが生命を脅かすことが起こりえます。肺癌ではなく、胃癌や乳癌など別のがんができる可能性も当然ありますが、そのような二次がんの実際の発生頻度や治療の状況などは十分なデータがありません。

 第三は、治療の影響です。手術や抗がん剤のような治療は、身体に負担をかけます。それによって肺癌が治っても、身体に負担が残り、例えば他の病気にかかった時に適切な治療を受ける余力が不足してしまうなど、後々に影響が出てくるかもしれません。

 第四の要素は、併存疾患の影響です。肺癌患者さんの中には、過去にタバコを吸っていた方も多く、狭心症、心筋梗塞や脳卒中、肺気腫などの病気になりやすいリスクがあります。そのような併存疾患のケアのために、肺癌治療後にどのようなフォローアップを行うべきか。詳細の検討はなされておらず、データをゼロから集める必要があります。

 これまでのがん診療は、治療後5年の生存率を向上させることを最も重要視して発展してきました。もちろん5年生存率を向上させることがとても大切であることに疑いの余地はありませんが、特に早期がんなどで多くの患者さんが5年生存を達成しうる現在は、5年生存後のその後のことを考えなくてはなりません。

「治った」と思っている肺癌が、5年目以降にどのような挙動を示すのか、肺癌に対して行った治療がどのような負担を身体に及ぼし、5年目以降も続いてゆく患者さんの人生にどう影響してくるのか。これらの問いに答えるために、私たちは前述の研究にご参加いただいた患者さんをより長期的にフォローアップする取り組みを行っています。

 最終的には、肺癌患者さんにとってどのような治療を行うことがより適切で、治療後にどのような点に気をつけるべきかを明らかにすることで、患者さんへの負担を減らしながらより高い生存率を達成し、ひいては過剰なコストも抑制する、長期的に持続可能ながん診療を実現することを目指しています。

 この研究は、時間がかかり、地道に情報を集め続けることが求められる、根気のいる研究です。企業による研究や公的資金を投入する大規模組織による研究は短期的な結果が重視されることが多いため、このような研究はなかなか行われません。とはいえ、誰かがやらねばならない研究なので、われわれは、社会的に重要なインパクト持つにもかかわらず公的資金では実現しにくい研究にも積極的に取り組み、世界に情報を発信したいと考えています。