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ニュース・活動報告

高齢者肺癌患者における術後活動度の調査研究の論文草稿まとまる

SATOMI臨床研究プロジェクト(SCP)理事の武井秀史先生が中心となって行った、高齢者肺癌患者における術後活動度の調査研究の第一次結果の論文草稿がまとまり、海外の医学専門誌に投稿準備中です。

題名:Prospective, multi-institutional observational study of activities of daily living in elderly patients after lung cancer surgery: report on data at post-operative six months.(肺癌手術後の高齢患者における日常生活活動度に関する多施設共同前向き観察研究:6ヶ月データの報告)

SCPは原稿完成と投稿手続きに関する支援を行いました。


第一回社員総会のご報告

 8月31日、一般社団法人SATOMI臨床研究プロジェクトの第一回社員総会が開かれ、令和3年度決算報告書、事業報告が承認されました。


令和3年度(2021年6月1日〜2022年5月31日) 事業報告書 非営利型一般社団法人 SATOMI臨床研究プロジェクト

  1. 事業の成果
    ・がん治療を中心とした医療の現状について情報発信を行い、問題提起をすることができ
    た。
    ・恒常的な情報発信のためのホームページを作成した。
    ・JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)・JCCG(特定非営利活動法人日本小児がん研究グループ)と提携関係を築き、協力して臨床研究を行う基盤を整備することができた。
    ・海外の研究団体と交流し、情報交換をすることにより将来の共同研究へ道を拓いた。
  2. 事業の実施に関する事項
    定款に記載された事業ごとに記す。一部、令和4年度にまたがる事項も、令和3年度から準備していたものは対象に含めた。

   1 がん治療を中心とした医療の普及、啓発に関する事業
    下記メディアにてがん治療の現状を紹介し、問題点を指摘した。
    医学界新聞インタビュー 第3439号(2021.10.4)
    デジタル朝日「論座」2022.1.6配信
    朝日新聞「ひと」2022.1.15朝刊
    NHKおはよう日本2022.6.5放送
    東京新聞2022.6.23・6.30朝刊
    日本海新聞「潮流」2022.5月?連載中(月1回)
    SCPホームページ開設https://s-cp.or.jp

   2 臨床研究及びその関連領域についての調査、研究、情報の収集、提供、相談及び支援に関する事業
    下記臨床試験を遂行・結果発表または支援した。
    ・JCOG1701(肺がんに対する免疫チェックポイント阻害剤の指摘投与期間に関する研究):症例登録中(対象患者:216人を予定)
    ・JCOG1710A(高齢者肺がん術後の日常生活活動度に関する調査研究):2021.8.9世界肺癌学会(オンライン開催)にて結果の一部を発表(対象患者:876人)
    ・JCCG研究(小児ランゲルハンス細胞組織球症の長期経過観察研究):2022.5.18事務経費サポート(対象患者:約100人)
    ・JCOG0707A1(肺がん患者の長期予後と合併症に関する調査研究):2022.4.6研究計画承認、2022.6.3研究開始(対象患者:963人)

  1. 各種研究会、研修会、講演会、相談会、セミナー等の企画、立案、運営、実施及び管理に関する事業
    下記組織を設立、活動を開始した。
    2022.3.5 JCOG医療経済評価小委員会設立(約120人)
    (2022.6.18 第一回小委員会開催:Webにて、参加者約100名)
  2. 出版業、執筆業並びに書籍、学術書、教材等の企画、デザイン、編集、印刷、制作、発行及び販売に関する事業
    下記のWeb連載を継続中。
    2021.9.21 m3.com(https://www.m3.com)にて隔週連載「医療維新」”Cost, value and value trials” (登録医師数:30万人以上)
  3. 関係団体、個人等に対する連絡、協力、調整、連携、交流、提言及び支援に関する事業
    下記団体との情報交換を行った。
    2022.5.21 OCCA(Optimal Cancer Care Alliance:https://optimalcancercare.org)第一回会議(オンライン開催)参加(参加者約100人)
  4. 各種情報の提供に関する事業
    今年度は該当する事項なし。

令和3年度非営利型一般社団法人SATOMI臨床研究プロジェクト(以下SCP)社員総会議事録

日時:令和4年8月31日午後3時?
場所:帝国ホテル5F会議室(東京都千代田区内幸町1-1-1)

出席者
社員:國頭英夫(代表理事)、石井昂(理事)
オブザーバー:澤田裕美子(澤田税理士事務所)、他書記一名

総社員2名(國頭・石井)全員が出席し、過半数に達しているので総会が成立することが確認され、國頭が代表理事として議長を務める旨宣言し、総会が開始された。

議題1 事業報告について
 事業報告書に基づき、議長より令和3年度の事業報告がされた。
 ・JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)とはどういうものであるかについての確認が質疑でなされた。
議決の結果、事業報告書が承認された。

議題2 収支決算報告について
 議長からの指名により、決算報告書に基づき、澤田より令和3年度の収支決算報告がされた。また、議長から、令和4年度からの健康保険組合連合会(健保連)から研究費支援が始まることが報告された。
 ・法人税、住民税及び事業税の項目についての確認が質疑でなされた。
議決の結果、決算報告書が承認された。

議題3 その他
 ・2年目に入り、「リピーター」の寄付者に対する特典について
  継続方針の確認がなされた。
 ・入会金及び年会費について
  正会員の入会金を1万円、年会費を5千円と定めた。賛助会員については継続審議とした。
 ・代表理事について
  國頭英夫の代表理事留任が承認された。

議長より出席者に謝意を述べた上で、午後4時に閉会した。

以上(文責:代表理事・國頭英夫)


東京新聞朝刊に國頭英夫代表理事のインタビュー記事が掲載されました。

 6月23日付けと6月30日付けの2回にわたってSCP活動の理念を分かりやすく説いたものです。結びの言葉のみを引用します。
〈医療費に糸目を付けず湯水のように使いながら私たちは寿命を延ばしてきた。しかしこれからは人間の寿命を120歳に延ばすよりも、次世代の若者がわれわれと同じように、元気に80歳になれることを目指すべきだ。
 私には娘がいるが、当然、私は娘より先に死ぬべきだ。私の母親は健在だが、私より先に死ぬべきで、だれよりそう望んでいるのは私の母親自身だ。
 そして、ただやみくもに医療費を削るのでは、二宮尊徳の言う「道徳なき経済」になってしまうから、ちゃんとした研究で、無駄なところのみを省き、スリムだが価値を高めた医療で「最低限」を保つ。そうしなければシステムは崩壊し、後には「最低の医療」が残るだけになる。〉


特定非営利活動法人「日本小児がん研究グループ」に、日本で年間100人程度が発症する稀な小児腫瘍「ランゲルハンス細胞組織球症」の長期経過を観察する調査研究のため、200万円を寄付しました。

 2022年5月18日に、特定非営利活動法人「日本小児がん研究グループ」に、日本で年間100人程度が発症する稀な小児腫瘍「ランゲルハンス細胞組織球症」の長期経過を観察する調査研究のため、200万円を寄付しました。

 この病気は、化学療法で「治る」ことが多いとされていますが、治療終了後の合併症発生が多く、その中には治療のために起こるものもあります。また後になってからの再発やそれに伴った合併症も発生します。それらは10年〜15年以降に患者さんのQOLに大きく関わって来るので、丁寧な経過観察と対策が必要になります。詳細は、国立成育医療研究センターの塩田曜子先生からの現場レポートをご参照ください。

 成人のがんと違って、小児腫瘍の患者さんでは、「10〜15年後」というのは、つまり、「人生これから」の時期です。病気を治すことだけでなく、治った後の人生を考える、というSCPの理念に一致するものと考え、研究の支援を行いました。 


臨床研究の現場から

稀で不思議な病気、LCH(ランゲルハンス細胞組織球症)の長期フォローアップ研究:20年先を歩んでいる先輩患者さんが教えてくれること

国立成育医療研究センター 小児がんセンター 塩田曜子


がんに対する臨床研究の団体JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)内に医療経済評価小委員会が設立されました。

 悪性腫瘍に対する臨床研究を行う団体として日本最大であるJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の中に、医療経済評価委員会(規定により発足時は「小委員会」)が設立されました。これは、SCPの國頭英夫代表理事の働きかけにより、3月5日のグループ全体会議で承認されたものです。患者さんへの最適な治療を開発するミッションを持つ研究団体の中に、わが国で初めて医療経済もしくは“value”の概念が公式に導入されたことになります。

 委員長には國頭が、また副委員長には国立がん研究センター中央病院の後藤悌先生が指名されました。JCOGに参加しているがん研究者から委員会メンバーを募集したところ、申込者が殺到し、早々に打切りとなりました。それでも通常のJCOG委員会は15〜20人程度で構成されるところ、「オブザーバー」参加も含めると200人を超える見込みです。


肺がんの手術では5年生存率が云々されるが、その内容や、さらに5年以降どうなるか、については、調べられていない。そう言った長期に亘る地道な臨床研究をしている若き医師から現場レポートが届きました。

四倉正也

肺癌手術後の長期フォローアップ研究: 肺癌が「治った」その先にあるものは?

国立がん研究センター呼吸器外科医員 四倉正也

 私たちは現在、早期の肺癌に対して手術を受けた患者さんが長期的にどのような経過をたどっているかを調べています。

 肺癌に限らず、多くのがんで、手術後に5年間、再発なく過ごすことができれば、そのがんは「完治した」とみなされます。これは、5年を超えた後にがんが再発することは少ないと信じられているためです。手術後5年を区切りとするこの考えは、古くから世界で広く受け入れられてきましたが、検診の浸透や画像技術の発展によって早期にがんが発見・治療され、がんの治療法も進歩している現代では、5年後の「その先」を見据えることが必要です。

 最近私たちの研究グループは、臨床試験の結果として、2008年から2013年までに全国約50の施設で手術された、リンパ節転移や他臓器への転移がない小型の肺癌(いわゆるI期の肺癌)の患者さん963人の手術後の生存率を報告しました。その内容は、手術後5年間肺癌が再発せずに生存された患者さんの割合は約80%で、再発した状態で生存されている方も含めると、手術後5年間の生存率は約90%というものでした。約90%の患者さんが、肺癌の手術後5年間ご存命でいらっしゃるので、難治がんの代表である肺癌の治療成績も随分向上した、とも言えますが、よく見てみると、話はそう単純ではないことが分かりました。

 5年間無再発で生存された場合には、通常は肺癌が「完治した」とみなされ、その後の生存率はほとんど低下せずに一定の数値を維持されることが想定されます。しかし実際には、手術後5年を超えても、生存率は一定値が維持されず徐々に低下し続けることが分かったのです。肺癌が「完治した」はずなのに、その後も患者さんは一定の割合で何らかの理由でお亡くなりになっていることを意味しています。ご高齢の患者さんがお亡くなりになるケースはありますが、私たちの研究の患者さんは、年齢の中央値(研究にご参加いただいた患者さんの年齢を小さい順に並べたときの真ん中の値)が65歳で、他に目立ったご病気をお持ちでない方です。手術後5年で年齢中央値が70歳ですから、通常であれば肺癌が完治していればお亡くなりになる方は少ないはずです。

 それにもかかわらず、手術後5年目以降もお亡くなりになる方が絶えないのは、どのような背景があるのでしょうか。推定される可能性は、大きく4つあると考えています。

 第一は、肺癌が遅れて再発することです。手術後5年を超えた後に肺癌が再発することは稀ですが、ゼロではありません。特に早期癌のような活動性の低い肺癌では、長い時間をかけて再発する可能性があることが報告されており、それが生命に関与する病態になることが考えられます。しかしながら、実際にその頻度がどれくらいで、どのような時期にどういった形で再発し進行することが多いのか、十分なデータは未だありません。

 第二は、二次がんの影響です。二次がんとは、肺癌の手術後に新しく生じた別のがんのことです。初回の肺癌の再発ではないとみなされるものです。一度肺癌にかかった患者さんは、その後時間をあけて再び新たな肺癌ができる可能性が、一般の方よりも高くなると言われています。初回の肺癌が手術によって「完治」しても、その後二次がんが生命を脅かすことが起こりえます。肺癌ではなく、胃癌や乳癌など別のがんができる可能性も当然ありますが、そのような二次がんの実際の発生頻度や治療の状況などは十分なデータがありません。

 第三は、治療の影響です。手術や抗がん剤のような治療は、身体に負担をかけます。それによって肺癌が治っても、身体に負担が残り、例えば他の病気にかかった時に適切な治療を受ける余力が不足してしまうなど、後々に影響が出てくるかもしれません。

 第四の要素は、併存疾患の影響です。肺癌患者さんの中には、過去にタバコを吸っていた方も多く、狭心症、心筋梗塞や脳卒中、肺気腫などの病気になりやすいリスクがあります。そのような併存疾患のケアのために、肺癌治療後にどのようなフォローアップを行うべきか。詳細の検討はなされておらず、データをゼロから集める必要があります。

 これまでのがん診療は、治療後5年の生存率を向上させることを最も重要視して発展してきました。もちろん5年生存率を向上させることがとても大切であることに疑いの余地はありませんが、特に早期がんなどで多くの患者さんが5年生存を達成しうる現在は、5年生存後のその後のことを考えなくてはなりません。

「治った」と思っている肺癌が、5年目以降にどのような挙動を示すのか、肺癌に対して行った治療がどのような負担を身体に及ぼし、5年目以降も続いてゆく患者さんの人生にどう影響してくるのか。これらの問いに答えるために、私たちは前述の研究にご参加いただいた患者さんをより長期的にフォローアップする取り組みを行っています。

 最終的には、肺癌患者さんにとってどのような治療を行うことがより適切で、治療後にどのような点に気をつけるべきかを明らかにすることで、患者さんへの負担を減らしながらより高い生存率を達成し、ひいては過剰なコストも抑制する、長期的に持続可能ながん診療を実現することを目指しています。

 この研究は、時間がかかり、地道に情報を集め続けることが求められる、根気のいる研究です。企業による研究や公的資金を投入する大規模組織による研究は短期的な結果が重視されることが多いため、このような研究はなかなか行われません。とはいえ、誰かがやらねばならない研究なので、われわれは、社会的に重要なインパクト持つにもかかわらず公的資金では実現しにくい研究にも積極的に取り組み、世界に情報を発信したいと考えています。


がん治療の適正化を図るために世界中のがん治療の権威が結集。その会議に日本からSCP代表理事の國頭英夫と国立がん研究センターの後藤悌先生が招待されました。

Optimal Cancer Care Alliance会議について

抗癌剤や免疫療法剤などの癌治療薬は、患者さんに対して必要以上に投与され、過剰治療によって強い副作用や高いコストで患者さんを苦しめているのではないかという懸念があります。

Optimal Cancer Care Alliance(OCCA)は、そうした過剰治療を正し、患者さんのための最適な(”optimal”)治療を目指そうという団体で、以前はvi3cという名前でしたが2021年に改称されました。理事長はカナダの有名な医師であるイアン・タノック教授で、理事にはアメリカ・カナダ・イギリス・イスラエルなどの医師が名を連ねています。いずれも癌治療では国際的に名の通った、超一流の専門家です。

OCCA(旧vi3c)は今まで、医療者や一般への啓蒙活動と、単発的な小規模研究(前立腺癌に対する治療薬の減量投与など)を行なってきましたが、このたび、国際的な大規模共同研究に乗り出す決定を下しました。まずはその第一歩として、6月3日に(アメリカ臨床腫瘍学会にあわせて)国際会議を開催するということです。

これはある意味、製薬企業の新薬開発に支配されている世界の癌臨床研究を、社会と患者のニーズを知り、それに応える医師と研究者の手に取り戻そうという、初めての本格的な試みと言えましょう。

1月30日に、アメリカ・カナダ・イギリス・イスラエルに加えて、フランス・オーストラリア・香港など、世界中で癌の「最適治療」を目指す研究者約150人が、タノック先生からの開催通知メールを受け取りました。

日本では、SCP代表理事の國頭英夫と、国立がん研究センター中央病院の後藤悌先生に案内が来ました(他に日本人研究者のメールアドレスは見当たりませんでした)。

SCPとしては、この世界的な「癌治療最適化」の研究に、日本の仲間達と一緒に協力していくつもりでいます。まずは日本代表として6月3日の会議に出席して、実現可能で役に立つ研究のために討論してくる予定です。(國頭記)


「高齢がん患者の手術後の状態を、根気よく追跡する臨床研究」について、現場医師からのレポートが寄せられました。

武井秀史

昭和大学呼吸器外科教授 武井秀史先生から、臨床研究の現場からのレポートをいただきました。


高齢がん患者の手術後の状態を、根気よく追跡する臨床研究。その難しさと、進捗状態を現場からレポートする。

昭和大学呼吸器外科教授 武井秀史

 私たちの研究テーマは、高齢者肺癌患者さんの術後日常生活活動度について、です。

 肺癌の患者さんの数は増え続けていて、2021年には年間12万7千人になると予測されています。そのうち40%の患者さんでは手術をした方が良い(これを「手術適応がある」、と言います)と考えられていますが、日本人の高齢化とともに、肺癌の患者さんも高齢化しています。2017年の学会集計では肺癌の手術件数は全国で44,140件ですがそのうち半数以上が70歳以上、また80歳以上の超高齢者も5,779件と13%を占め、件数も割合も増加傾向にあります。

 むろん私たち外科医もそれを軽視しているわけではなく、高齢の患者さんに対する手術成績の検討は数多くなされています。その内容は、まず手術が安全に行われるか、つまり重大な合併症が起こっていないか、そして手術によって亡くなったりしていないか、というものです。これは「術後合併症発生率」とか「周術期死亡率」などという数字が指標になります。もう一つは、それで患者さんが無事治って、長生きできているか、で、通常は「5年生存率」で表されます。

 しかしながら、多くの高齢患者さんにとって、「手術が乗り切れるのか」や「肺癌が治るのか」も大事なのは当然ですが、もう一つの重大な関心事は「術後、今までと同じ生活ができるのか」でしょう。肺癌手術に限ったことではありませんが、回りには、大きな治療の後で「ガクッと年をとってしまった」、「介護が必要になり、自宅での生活ができなくなった」、「認知症になった」、甚だしきは「寝たきりになってしまった」などというお年寄りの話を聞いたことがおありの方も多いだろうと思います。ところがこうした不安に対して、お答えできるようなデータは、現状ではほとんどありません。

 どうしてこんなに大事な情報がないのかというと、一つには従来、肺癌のような大きな病気は、我々専門医も「治すのに精一杯」で、命が助かった以降に患者さんがどうなるのか、まで考えている余裕がなかったからです。そしてもう一つには、そういう情報は、通常の診療からはなかなかとれず、まして数字には表せないためです。

 たとえば、手術の後に重大な合併症が起これば、多くは入院中のことでありますのですぐに気がつきます。また、患者さんの治療に直結しますから、我々も、どう対応したかも含めて必ずカルテに記載します。ですから後でこれを集計することができます。また生存率の方は、何年も後のことであっても、よほど特殊な事情で「行方不明」みたいにならない限り調べられます。

 しかしながら、半年後や1年後、患者さんが外来でどういう生活をしているか、などは、はっきり分かりません。カルテにはせいぜい、「まあまあ普通にやっている」とか「ちょっと元気がなくなった」などという記載があるくらいで、集計することもできません。また、たとえば術後2年経過した患者さんに、「1年前の症状とか、生活はどうでした?」と伺っても、はっきり覚えておられることはまずないでしょう。

 ですから、こういう情報をとって集計し、数字に表そうとすれば、はじめからそのつもりでアンケートをとる(それも、「その時」にとる)しかありません。そして、半年も1年も入院されている方はほとんどおられませんから、外来通院の時に忘れずにとってもらう必要があります。私だけが自分の患者さんにこれをやるのであればなんとかできますが、それでは数も限られ、全国の患者さんの参考になるデータはできません。

 私たちが行っている研究では、全国の肺癌治療専門施設で手術された75歳以上の患者さんについて、手術前に通常の血液検査やレントゲン・CTなどの他に、自覚症状の程度や生活の質(いわゆるクォリティ・オブ・ライフ)、そして日常生活活動度がどうであるかを調べ、それらが術後半年・1年・2年の状態でどう変化しているかを調査しています。

 患者さんから研究参加の同意をいただいた後は、アンケート調査が主体ですから、患者さんには負担はほとんどかかりません。ただし、手術前には担当医が調査票を取り忘れたということはまずありませんが、退院して外来通院されるようになれば、担当医もうっかりしがちです。上に記したように、「後から思い出して書いてもらう」のでは情報の正確性は望めませんので、「その時」に取ってもらう必要があります。ただ、ほかの病院の患者さんが、いつ外来に来られるか、などは、私には分かりません。

 ですから、このグループ研究に患者さんの登録があると、施設・担当医と手術(予定)日が事務局の私のところに連絡されます(プライバシー保護のため患者さんの名前などは伝えられません)。これを一覧表にして、たとえば半年後の外来はだいたいこのくらい、と当たりをつけ、そのちょっと前から、担当医に「研究に登録されX月X日に手術された患者さんについて、いついつ頃に半年後の調査をお願いします」と注意喚起をします。一回で済まず、何回もこういう「催促」をする必要が生じることも頻繁にあります。担当医の先生にうるさがられずに、かつ忘れられない程度にしつこくやるのはなかなか難しいことです。

 この研究では、2019年5月から2020年の5月までに全国47の施設で手術された75歳以上の患者さん876例を対象としました。途中、コロナのために、多くの患者さんが術後の外来に来られない(または来たくない)という不測の事態もありましたが、参加された合計143人の先生方の御協力もあり、半年時点での「取りはぐれ」は1%以下と、データの信頼性としては十分と思います。今後得られたデータを詳細に解析し、さらに1年後・2年後の追跡も行い、患者さんやそのご家族に必要な情報を提供できるように努めます。

 なお、本来であればこういうデータは、術後だけではなくたとえば放射線治療の後でどうなるか、というのもとって、並べて提示すると格段に情報の価値が上がると考えられます。放射線治療の先生方にお願いしたのですが色よい返事は得られませんでした。やはりこういう「めんどくさい」ことはなかなか忙しくてできない、という事情があるようです。

 しかし今後は、我々だけではなく、ほかの病気について、またほかの治療法について、同様の調査を広めていくことも必要で、そのためにもまず我々がしっかり研究をまとめていかねばならないと気を引き締めています。


「臨床研究とは一体何をしているのか?」の質問に答えて、現場医師からのレポートが寄せられました。

後藤悌

国立がん研究センター、呼吸器内科医長、後藤悌先生から、臨床研究の現場からのレポートをいただきました。「現在の患者さんにお願いして、未来の患者さんの為になる研究をする」がタイトルです。


現在の患者さんにお願いして、未来の患者さんの為になる研究をする

国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科 外来医長 後藤悌

 私たちの研究テーマは、免疫チェックポイント阻害剤の投与期間について、です。

 免疫チェックポイント阻害剤というのは、京都大学の本庶佑先生達が開発された、がんに対する免疫療法の薬です。オプジーボという薬の名前はご存知の方も多いと思いますが、そのほかにもいくつも、同じ系統の薬の有効性が確認されています。

 薬によりますが、大抵これら免疫療法剤は、3から4週間に一回、点滴します。そして、効果があって大きな副作用がなければ継続していくのですが、ずっと効果がある人もいれば途中で効果が切れて病気が悪化する人もいますし、ずっと副作用が大丈夫でも、ある時ひどい副作用が突然出る患者さんもいます。そして、そしてまた、これらの薬は非常に高価で、治療を続けていくとどんどん費用が嵩みます。

 一方で、たとえば副作用によって途中で(極端な場合、一回きりの点滴で)中止しても、その効果が長く続く人もいます。ですからあるところまで治療すれば、それ以上は無駄で、あとは副作用のリスクとコストだけ、となっている可能性もあるのですが、その「あるところ」がどこなのか分かりません。開発者の本庶先生は「半年くらい」と推測されていますが、実地の患者さんでそれを確認できたデータはありません。薬剤の添付文書には「2年」という数字が出ていますが、これにも根拠はありません。データがないので、患者さんはずっと、言葉は悪いのですが漫然と、投与を続けられる場合が多いのです。

 私たちは、これら免疫療法剤を使って、治療効果が上がっている肺癌の患者さんについて、1年で投与を中止して様子を見ていく(もし病気が再発したらまた再開する)、という治療法を考えました。ただこの場合、その方法で多くの人が再発なく経過しても、それだけでこの治療法が良いというわけにはいきません。ずっと投与していればもっと再発率が低くなる可能性もあるのですから、1年以降も継続している患者さんとの比較データが必要になります。

 この「比較」には、ランダム化というやり方が必要です。つまり、薬剤が有効で病気が収まっている患者さんを、担当医でも患者でもない第三者(実際はコンピューター)が、いわゆるクジ引き方式で二つに分けて継続するかどうか決め、その方針に従って診療していくのです。方針が決まってから以降は、普通の外来診療と同じで、点滴をする人は定期的にやっていく、そうでない人も定期的に診察と検査をして様子を見ていくのですが、なにせ「見知らぬ第三者」という方法になかなか心理的抵抗があります。

 ランダム化試験自体は、よくある一般的な方法論なのですが、私たちの研究では、「こっちの治療か、あっちの治療か」を決めるのではなく、「今効いている治療を、続けるかやめるか」ですので、自分で決めるか、担当医が決めてもらうかならまだしも、そこを偶然に委ねて決めるのはちょっと怖い。客観的には、「根拠がない」のですから、自分で決めても、担当医が決めても、「間違っていた」確率は同じなのですが、ここの踏ん切りがなかなかつきません。このため、このランダム化での決定(=臨床試験に参加)に同意して下さる患者さんは、だいたい5人に1人くらいしかおられません。将来の患者さんに対しては非常に大きなメリットがあるデータを作ることにはなりますが、現在の患者さんにとっては、「良いか悪いか分からない」ものだからです。

 この研究は、2019年5月から、日本中のがん研究病院約50施設が集まって共同で行っています。参加している医師の数は合計で350人くらいになると思いますが、実際に上記のようなことを患者さんに説明して参加同意をいただくのにはかなりの経験が必要で、それができる医師は肺癌診療でも日本のトップクラスの60人程度のようです。

 この試験は、新しい薬を使って治療成績を良くするものではなく、ただ副作用とコストも含めた全体としての治療の「価値」を高めよう、というものなので、担当医も、患者さんに試験参加をお願いしづらいものがあります。本来は200人ちょっとの患者さんに研究参加をお願いする予定ですが、2021年末の段階で、ようやく100人を超えたくらいの状況です。

 この研究は、製薬企業からのサポートはありません(「薬を減らす」研究ですから、企業にとっては不利益になります)。また政府からの研究サポートも、患者さんの数が集まらないと途絶えがちになります。ただ、こういう研究からデータが出ないと、いずれ医療費高騰で保険医療制度が逼迫した時に、「こういう治療は4ヶ月で終了、それ以上やりたければ自費でやりなさい」などと、これまた何の根拠もなく決められてしまうことになりかねません。医療費は政府が考えるべき事で、医師が考えるべきことでも、そのための研究をするべきでもない、という意見の医師もいますが。そうなると、根拠なく決められたときにも、ただそれに従うしかないわけで、医師として残念に思います。

 この研究の結果が出たら、国内および海外の学会で発表し、その内容をまとめて海外の権威ある学術雑誌に論文として出す予定です。つまり、日本のみならず世界中の患者さんの治療指針となると期待されています。事実、海外からもこの研究は大きな注目を浴びており、私のところにもいろいろな問い合わせがきます。みな、「コストをかけ続け、またいつ副作用が出るか分からない状態で、いつまで治療を続ければいいのか分からない、それが知りたい」のです。そんなに注目するなら海外でも同じような試験をやればよさそうなものですが、製薬企業にサポートされない研究は、欧米では日本以上にやりにくい状況にあるようです。

 コストをただ削減するのなら治療をどんどん打ち切ってしまえばいいのでしょうが、患者さんの治療成績がそれで悪くなってしまえば何にもなりません。なんとか、治療成績を保ちつつ、副作用とコストを軽減して価値を高めた治療を確立したいと考えています。